LOGINクロイツァー王国。王城の裏に広がる、静寂な森。
その奥深くに、魔術師の卵たちが集まる学園『アリアドネ』はある。魔術が使える人員を国中から探し求め、2年間の厳しい修行を経て、魔物が出没する王国各地へと派遣していく。クロイツァーは、世界有数の魔術師大国だった。
貴重な魔術師と豊富な資源を欲して、さまざまな国があの手この手で王国を脅かしていた。戦争の収束する気配はない。瘴気が高まれば魔物も出没する。そんなこの国の最大攻撃力であり、最大防御力である彼らはいわゆるエリート集団で、国民の憧れの的だ。
あの日オリヴァーの手を取ったネメシスは、彼と共に馬車に揺られ、この『アリアドネ』に入学した。
言葉もろくに知らなかったネメシスに、オリヴァーは王都への移動中から文字を教え、『アリアドネ』に入る前に彼の屋敷で最低限の社交マナーをネメシスに施してくれた。その中で、オリヴァーがまず教えてくれたのがネメシスの名前だった。
「『ノーラ』と言う名は、きっと正式な名前の略文字だと思うんだけれども、君は名前を知っている? それとも、なにか文字の書かれたものを受け継いでいるとか」 「……いえ、何も聞いていないと思います。お母さんが亡くなったのはまだ私が立つ前だったそうなので……」 「……そうか。では、これから新しい君として生きていくためにも、魔術師に多い名に寄せておこうと思う。君がこの先、大人になってこのクロイツァーを代表する魔術師となった時のために箔を付けておきたい」どうだ? と訊かれても、ネメシスには特に愛着のある名前でもない。それに、『ノーラ』と呼ばれるたびに集落で呼ばれていた錯覚に陥りそうだと、名前を変えることに反対などなかった。
「それでは……ネメシス。君はこれからそう名乗りなさい。欺瞞や傲慢を諌める女神の名だ。辛い思いをその小さな身ひとつで耐え抜いた君の心の強さに相応しい——」
「……ネメシス。ありがとうございます。……先生」『先生』の言葉にオリヴァーは首を傾げた。
ネメシスはその様子がおもしろいと感じて、笑った。「だって、わたしにたくさんのことを教えてくれて、新しい名前もくれた人です。先生ですよね?」
「そういう意味か。驚いたよ。私はまだ君に、『アリアドネ』で教師をしていることを伝えていなかったのにと……」今度はネメシスが目を見開いた。
「先生が、本当に先生だった……!」
「私が担当するのは、卒業間近の生徒だけだ。早く、私の授業を受けにきなさい——」 「…………っ、はい!」その時の嬉しそうなオリヴァーの笑顔のために、ネメシスは必死に勉学に励み始めた。
(——わたしを拾って、指導してくれて。学園にも入れてくれて……。わたしを助けてくれた、先生のためになりたい!)
『アリアドネ』の女子寮の一室で、ネメシスは朝から無心で読書に耽っていた。
『アリアドネ』に入学してから伸ばし続けているまっすぐな濡羽色の髪は、膝下に付くほどで、ろくな手入れがされていないのに艶やかだ。それが隠すのは、陽にあたれば溶けてしまうほどの、雪を固めたような白い肌と、くりっと丸い瞳。 ほとんど誰とも交流せず、学園内にある図書館から山のように魔術書を借りてきては、部屋にこもって読みふける日々。 そして、入学直後から定期的に魔術師長の直接授業を受ける待遇——。ネメシスが知らないうちに、周りから『ポーセリンエッグ』と呼ばれていた。「ネメシスー! 今日試験でしょー! 夕食無くなるから早く行くよ! 今日はグラタンだって!」
隣の部屋のレイティアが声をかけてくる。窓の外が薄暗くなっていることに気づいて、机に置いてある時計をチラッと確認した。今日の読書時間は終了だ。
「はーい!」
本に没頭して食事を忘れたことは、既に両手を超えていた。
魔術師は、内なる膨大な魔力を行使するほどに、魔力とともに体力も奪われていく。そのため、『アリアドネ』に入学するとまず初めに何がなんでも腹に食べ物を押し込むことを徹底される。 遠征の研修に赴けば騎士団と同じ食事にありつけるのだが……残念なことに、ぜんぜん足りない。下手すれば騎士よりも食べる。実戦遠征になれば、食糧の確保が必須となる。
からだを張って戦う騎士たちの食糧は奪えない。 それでは……と、食事の邪魔にならないよう、木の実から辺りに生える雑草に至るまで食べられるように、毒物の解毒の仕方から実践させられる。 それほどまでに死活問題なのだ。 日々の食事の食べ忘れは、そのまま食事抜きである。 すなわち翌日の魔術演習でのスタミナが足りないばかりか、最悪空腹を抱えたまま眠れない夜を過ごす羽目になる。 ネメシスもお腹いっぱい食べないと、すぐに体力が尽きるし見る間に痩せてしまう。そのくせ読書に没頭して食事を忘れてしまうものだから、オリヴァーに非常食を恵んでもらっていたのだが。月に数回臨時講師で一年生の授業を受け持つようになった彼に、ネメシスだけが特別扱いをされていると知れ渡るのは早かった。
「……さすが天才魔術師の『ポーセリンエッグ』ね。時間に間に合わなかったのは同じなのに、私たちはうっす〜い具なしのスープで、あの子は具沢山ポトフ……。また、特別扱い……」
「俺、まだぜんぜん食い足りね〜んだけど。魔術師長、俺たちにも携帯食恵んでくれないかな?」ある日食堂を出る時にそんな声を聞いてから、何がなんでも食堂が開いている時間に駆け込むようになった。
彼らがわざとネメシスに聞こえるような音量で話しているのには気づいていた。 魔術書を読んでいると時間を忘れてしまうのは誰にでも共通することだが、さすがに、ネメシスだけの度重なる特別対応はいただけなかったらしい。オリヴァーが王国魔術師の最高位である『王宮魔術師長』という大層な立場だったことを、授業を受けるようになってネメシスは知った。色々と面倒を見てもらっていることを『アリアドネ』の教師たちは知っているが、わざわざ生徒たちに話すことではない。それに、ネメシスの過去を探られるのは避けたかった。
それもあって、なんとか魔術師長の手を煩わせまいとしていたところにレイティアが出会した。それ以来、彼女はあわよくば魔術師長からのお恵みの施しを期待してネメシスを構うようになった。話してみれば気さくで甘え上手で、気がつけばネメシスが食いっぱぐれないように世話を焼いてくれる。 「やぁ。ネメシス、レイティア。ここ、いいか?」 「はい、喜んで」上司や教師の誘いには必ず応える。
テーブルの正面に料理を運んできたのが、その魔術師長ことオリヴァーだった。「この後はいよいよ君たちの番だ。途中で魔力切れを起こさないように、しっかり食べなさい」
「はい」 「オリヴァー先生もそう言ってくれているんだから、がんばろう、ネメシス。ご褒美にデザートもありますよね?」「先生?」とレイティアがオリヴァーを期待した目で見上げる。
オリヴァーが、配膳盆の上の料理をチラッと確認したのが分かった。 今日のメインメニューであるじゃがいものグラタンは、食が細いネメシスにとって正直胃に重い。それでもお腹がはち切れんばかりに食べていないといけない理由がある。「二人が試験に合格したら、私のとっておきをあげよう」
「やった!」 「レイティアはご褒美が大事なの?」 「ここにいたら、デザートよりお肉じゃない。魔術師長のとっておきが掛かってる試験で落ちるわけにはいかないでしょ!」現金なレイティアに、ネメシスは苦笑した。
卒業を前に、生徒たちは二年間の集大成を発表するのだが、オリヴァーはその試験監督として発表前の段階から生徒たちの発表内容に目を通しているらしい。 王宮魔術師への誘いか、その魔術を欲しがっている部署への斡旋か。はたまた試験が無事に履行され合格内容に見合っているか。それはネメシスの知るところでは無い。 ネメシスが必死になってくらいついた『アリアドネ』の卒業試験が、目前まで迫っていた——。「さて、ネメシス。君の王宮魔術師の赴任を歓迎する」 「ありがとうございます! オリヴァー先生」 「ふふ……。ここで『先生』は止めてほしい」 「承知しました。魔術師長」 クロイツァー王国の中心にある、王城の敷地内。王宮魔術師達の執務棟。その魔術師長の部屋。 先日、全体の入所式を無事に終え、配属初日を迎えた。 特別扱いをしたいのにさせてくれないとあからさまな表情をするオリヴァーを見上げて、ネメシスは対照的に毅然とした対応に徹する。「……『アリアドネ』の中であれだけ言われたんです。新人が他にもいるのに、わたしだけを特別扱いするのはダメです」 「…………ブレないね〜。……まあ、そこが君の良いところで、私が好ましいと思っている部分だが……」 「…………」 前の月に行われた、王宮魔術師長オリヴァーの秘蔵っ子ネメシスの卒業試験。それは前代未聞の画期的且つ言葉に言い尽くせないほど美しい魔術陣で紡ぎ出された、毒ある魔物を無害なものに変えてしまうという魔術だった。 魔物は人間が生きていられない瘴気と呼ばれるものから生み出されるとされている。ネメシスの魔術は、その瘴気を生物が生きられるものに変換し、さらに魔物の体内を浄化するというものだ。 生み出したきっかけは騎士団の遠征時に自分の食い扶持を得るためだったが、無毒化した魔物の肉を糧食として提供すれば、騎士団での居場所を作る足がかりにできるのではないかという、最下層の平民であったネメシスならではの現実的な発想だった。(山の恵みは山菜やきのこだけじゃない……。いつだってうさぎや鳥がいるわけじゃない) 卒業試験ではさらに、無毒化した魔物をその場で調理し、実際に食べてみせた。たまたま豚のような外見だったので豚と変わらないだろうと踏んでの試作だったが、審査員全員も無毒化を確認し、競うように実食した。おかげで満場一致で王宮魔術師の仲間入りとなった。 ちなみにレイティアも同僚だ。彼女は生活に寄り添った魔術が得意で、水さえあれば洗濯ができる魔術を披露し、さっそく前線の後方にある救護施設に送られた。次に会うのは前線の戦いが終結した時になるかもしれない。
『——ネメシスー! どこだー!』 「……誰?」 微かに名前を呼ばれた気がして、ネメシスは今も背後から体を揺すっている男の腕をトントンと叩いた。 「ん……ぁはぁ……。ま、待って……オリヴァー様。声っ、聞こえた……っぁあ!」 オリヴァーの膝に背を向けて跨ったネメシスは、男の甘い欲に耐えていたところだった。彼の動きが止まった反動で前のめりになったネメシスのからだを、ぐっと、後ろから回された力強い腕が引き留める。ネメシスはようやく荒い呼吸を整えようと、深呼吸を重ねた。 「……はぁ。 何が君の気を引いた?」 せっかく気分よく君を追い立てていたのに、と、オリヴァーがネメシスの腰をつかんで自分の腰を揺らした。二人しかいないはずの静謐な空間に、クチャと生々しい音が響く。 「っん! ……誰かに呼ばれた気がしたんです。あなた以外いないはずなのに……」 「……ここは最奥の玉座の間……。常に濃い瘴気が満ち、魔物どもが生まれ出るところだ。たとえ人間が侵入してこようとも、奴らには少々きつい……。……それに、君の名を呼ぶのは私だけ。……そうであろう?」 「そう……ですけど……」 薄暗い視界を見渡しているネメシスの、濡羽色の長い髪から唯一肌を見せている左耳朶を甘噛みして、オリヴァーが自分だけを構えと言わんばかりにチロチロと舌で擽ってくる。「……っん。っはっ……ぁあ……」 ネメシスの口から、甘い声と共に瘴気が生まれ出す。 その様子に気をよくしたオリヴァーはもっとその声をネメシスに出させようと、自分が彼女に与えた与えた黒のローブの隙間から現れた白い肩や背中にくちびるを落としていく。 「ぁ……、ぁ……」 「……そうだ。君はどんな姿であってもその心は変わらず……私だけを魅了し続ける。君は常に私の腕の中にいて、私だけを感じていればいい……。さあ、もう気を散らすのは終いだ。……幻聴などよりもっと、君のうっとりする声を聞かせてほしい……」 そう言って、魔王オリヴァーは再び腕の中の女を追い立てにかかる。 「ぁあ……っ! あ、ぁあっ……」(幻聴……? いいえ、確かに、私の名を呼ぶ声だった……。でも、誰なの——?) 規則正しく優しい、けれどもネメシスの弱いところを的確に狙われ、ネメシスはあっ
クロイツァー王国。王城の裏に広がる、静寂な森。 その奥深くに、魔術師の卵たちが集まる学園『アリアドネ』はある。 魔術が使える人員を国中から探し求め、2年間の厳しい修行を経て、魔物が出没する王国各地へと派遣していく。クロイツァーは、世界有数の魔術師大国だった。 貴重な魔術師と豊富な資源を欲して、さまざまな国があの手この手で王国を脅かしていた。戦争の収束する気配はない。瘴気が高まれば魔物も出没する。そんなこの国の最大攻撃力であり、最大防御力である彼らはいわゆるエリート集団で、国民の憧れの的だ。 あの日オリヴァーの手を取ったネメシスは、彼と共に馬車に揺られ、この『アリアドネ』に入学した。 言葉もろくに知らなかったネメシスに、オリヴァーは王都への移動中から文字を教え、『アリアドネ』に入る前に彼の屋敷で最低限の社交マナーをネメシスに施してくれた。 その中で、オリヴァーがまず教えてくれたのがネメシスの名前だった。 「『ノーラ』と言う名は、きっと正式な名前の略文字だと思うんだけれども、君は名前を知っている? それとも、なにか文字の書かれたものを受け継いでいるとか」 「……いえ、何も聞いていないと思います。お母さんが亡くなったのはまだ私が立つ前だったそうなので……」 「……そうか。では、これから新しい君として生きていくためにも、魔術師に多い名に寄せておこうと思う。君がこの先、大人になってこのクロイツァーを代表する魔術師となった時のために箔を付けておきたい」 どうだ? と訊かれても、ネメシスには特に愛着のある名前でもない。それに、『ノーラ』と呼ばれるたびに集落で呼ばれていた錯覚に陥りそうだと、名前を変えることに反対などなかった。「それでは……ネメシス。君はこれからそう名乗りなさい。欺瞞や傲慢を諌める女神の名だ。辛い思いをその小さな身ひとつで耐え抜いた君の心の強さに相応しい——」 「……ネメシス。ありがとうございます。……先生」『先生』の言葉にオリヴァーは首を傾げた。 ネメシスはその様子がおもしろいと感じて、笑った。「だって、わたしにたくさんのことを教えてくれて、
ぞわっと、その声を聞いた途端目が大きく開き、全身が震えたのがわかった。 恐怖ではない。けれども、からだ中に鳥肌が立つ——そんな感覚に戸惑う。 その初めての刺激に、ネメシスは咄嗟に上を見上げた。(——……っ! 外部からのお客様! ) 見たことのある色の瞳が、ネメシスを見つめている。 鼓動が、バクバクと激しく鳴りはじめた。「……っあ」 魔術とはなんなのかとか、顔の近さがとか、あなたは誰なのか、さまざまな疑問符が浮かぶ中、ネメシスが口にしたのは、「……あ。……きれいな、お月さま……」 限られた日々の中、ネメシスが感情を昂らせることはそれほど多くない。そんな中で、唯一毎日見上げていたもの——。 今もネメシスを見つめている、金の双眸を持った男——それが、オリヴァーだった。 「私の名はオリヴァーという。ちょうど、君に会おうとしていた」「……わたし、ですか? ……すみません、先に用事を済ませて良いですか?」「もちろん構わない。ついていこう」 まだ心臓が騒いでいる。早くここから立ち去りたくて、何か口にしなければと咄嗟に出た。 王都の偉い役人が、少年を傷つけたことでネメシスを咎めるためにやってきたのならば、このままどうなるのかわからない。せっかく早起きして収穫した野菜をそのままにするのはなんとなく嫌だった。 それ以上に、ネメシスと視線を合わせるために片膝をついている客人をそのままにしておけないと、周りの視線から逃げるように身を捩ってオリヴァーの手を解いた。「君たちも案内をありがとう。それでは」「…………あ」 オリヴァーは住人たちに礼を言うと、ネメシスが背負っていたカゴを腕から引き抜いた。肩が軽くなり、慌てて手を伸ばす。「ずいぶん美味しそうな野菜だな」「……すみません! これは、卵とお肉と交換してもらうので……。お渡しできるものでは……」 カゴの中の瑞々しい野菜への感想は嬉しかったが、これはネメシスが生きていくために必要な肉と交換するものだ。渡せと言われたら他の野菜が育つまでにネメシスが倒れてしまう。 必死の懇願に、オリヴァーは自分が野菜をよこせと伝わったのだと気づく。「勘違いさせて済まない。君の大事なものを取り上げたりなんかしないから安心して」 青ざめて目を潤ませていたネメシスは、思わず安堵で深いため息をついてしま
「ば、化け物……っ!」「ノーラ! お前、何したんだ!」 「…………」 ネメシスのいちばん古い記憶は、この言葉から始まる。 これまで何度も夢に出てきては、さまざまな声がネメシスを追い詰めていく。 少女はその頃、周りから『ノーラ』と呼ばれていた。 彼女が生まれたのはクロイツァー王国の、辺境領の最果て。国境門からも遠いが故に人々の行き来はほとんどない、ひたすら畑一面が広がる閉鎖的な集落だった。 母親はこの集落で生まれ育ち、暫く領主の屋敷へ奉公に行っていたらしい。ところが、ある日突然腹を大きくして帰ってきたのだと、集落の女性たちから教えられた。 集落から領主の屋敷へは、辻馬車で三日以上かかる。諸外国との関係が宜しくないと、国境門の守備へ多くの予算が割かれたために取り残された所だ。天候が悪く農作物が不足した時は、道中に山賊が出ることも多々あった。 まさに命懸けで帰郷した母親はネメシスを出産したのも束の間。産後の肥立ちが悪かったところに飢饉が重なり、ろくに栄養を取れないまま衰弱死した。 鴉のような黒髪と錫のようなネメシスの瞳は、集落では見ない色だった。けれども集落の女性たちは、父親のことを何も話さなかったネメシスの母を責めつつも、生まれたばかりのネメシスを一生懸命育ててくれた。 「ノーラ。あんたは将来美人になりそうだね〜」「美人ってなに? 美味しいの?」「何言ってんだい! 腹が減ったのかい?」「うん」「日没の夕飯までもう少し我慢しな」 集落に久しぶりに誕生した女児だからと、子育てが落ち着いた女性たちが代わるがわる可愛がってくれたおかげで、栄養失調気味で多少小柄ではあるものの、ネメシスは確かに成長していく。 両親のことは知らない。けれどもそれはネメシスにとって大したことではなかった。視線の先に常に誰かがいてネメシスを気にかけてくれている。それだけでよかった。他人から見ればとても小さな幸せ。ネメシスにはそれで十分だった。 だが、幼い少女が願う極小の幸せな時間は、ほんの些細な出来事がきっかけで呆気なく崩れ去る——。 ネメシスが十歳になる頃だった。 「いってー!」 ある時少年が荒げた声に気がついた大人たちが駆け寄って、目を見張った。 ——このこどもは、危険だ……。 呆然と佇むネメシス。 ネメシスが少年に触







